2025年1月26日(日) 18:00~ @オンライン
今回もお正月らしく?『百人一首』を楽しみました!
後半「いとをかし篇」は凝った技巧の和歌を中心にご紹介しました。
貴族たちによる教養やセンスを見せつけるための、こだわりが詰まった珠玉の一首。
また、万葉集は詠み人知らず(=作者不詳)が多く、こちらの想像に任されることが多かったのですが、百人一首は全部作者が分かっています。
一つ一つの和歌に隠されたドラマも、読み解きながら楽しみました。
・藤原定家と『百人一首』
・季節:美しいこの瞬間をどう表現する?
・技巧:テクニック詰め込みすぎ!?
・背景:こんな状況で読まれたとは…
などなど…
今回いよいよ編纂者・藤原定家の和歌をご紹介!
来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや 藻塩の 身もこがれつつ
藤原定家
(来てくれない人を想って、松帆の浦の夕なぎの時に焼く藻塩のように、私の身は恋い焦がれています。)
「待つ」と「松」が掛詞。
「焼く」「藻塩」「こがれ」が縁語。
「まつほ〜藻塩の」は「こがれ」を導き出す序詞。
「こがれ」は「身を焦がす」と「藻塩が焦げる」の掛詞。
す、すごい…切ない内容に対して、技巧全部取り入れたんじゃなかってくらいゴリゴリ!!
当時から、技巧に走りすぎでは?って意見はあったみたいですが。
これぞ平安貴族!意味やセンスだけじゃなくて、こうしたテクニックも大事なんですね。
大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立
小式部内侍
意味:大江山へ行く野の道(生野の道)は遠いので、まだ行ったことはありません(手紙なんて見ていません)。天の橋立なんて」。
この歌、読まれた状況がすごいんです!!
小式部内侍の母は、なんとあの和泉式部。(大河ドラマ『光る君へ』にも登場しましたね)
母の和泉式部は宮中の歌会に招かれたものの、その日は夫とともに丹後に赴いており不在。
そこで、娘の小式部内侍が出席することになりました。
彼女は見事な和歌を披露!しかし、逆に周りから「ママの代作なんじゃない?」と疑われたり、「丹後へ使いは出したの?」とからかわれたり。
そこで即興で「言い返した」和歌がこの「大江山…」の一首。
「行く」と「生野」、「文」と「踏み」は掛詞。
「道」「踏み」「橋」は縁語。
そこに、母のいる丹後までの「大江山」「生野」「天橋立」と3つの地名を盛り込む!
周りの大人たちが度肝を抜かれたことでしょう。
【トークテーマ】
・他人とはちょっとずれてるかも?と思うこと
・手紙や歌謡曲…印象に残るものはどんな特徴がある?
・プレッシャーや偏見に打ち勝った経験
詠み人だけでなく詠んだ状況も特定されているからこそ、面白いのが平安の和歌!
恋愛の和歌は恋人に宛てたもの…と思いがちですが、実は歌会などでゲームとして詠まれた和歌も多数あります。
本日ご参加いただいた方の中には、なんと和歌のお勉強をされている方も!
「技巧が難しすぎて、ルールも多くて、初心者はなかなか詠めないです」と改めて百人一首に掲載された和歌のレベルの高さを教えていただきました。
たった一人の誰かに向けて作る和歌も、大勢に囲まれ緊張の中で詠まれた和歌も、それぞれの魅力があります。
トークテーマでは「和歌でも現代の歌謡曲でも、こういうのは印象に残る!」「私もこんな体験ある!」とお互いの経験を語り合う時間に。
平安和歌を十分に楽しむ90分になりました!
ご参加いただきありがとうございました。



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